突然、親父の兄貴である伯父から、 『ウチに来ないか?』と言われ、大好きだった現場仕事を離れて、四友商事に来てしまった。 伯父には、小さい頃から可愛がってもらっていたし、子どもの居ない伯父の頼みだから断われなかった。 親父が三橋商事の社長だから、いつかは俺も役員のポストには就くのだろうとは思っていたが、 最悪な秘書を目撃してしまったから、そういう秘書が居るような会社にウンザリしていた。 だから兄貴が専務になってくれて、内心ホッとしていた。でも、いつかは俺もなのか……あの秘書いつになったら辞めるんだ? とさえ思っていた。 そんな時に、伯父から誘われて、悩んでいると親父も『お前の好きにして良い!』と…… しかも、伯父と来たら、 『お前にピッタリの秘書が居る! なんなら、生涯のパートナーとしても俺は推薦するぞ!』と煽ってきた。 ──そんなに良い女が居るのか? 最初は、興味本位だった。 『履歴書を送るから目を通しておいてくれ!』と伯父に言われた。 まず、目に入ったのは、顔写真! ──か、可愛いじゃないか…… でも、顔が良くてもな〜 「五十嵐寧音か……寧音、可愛い名前だな」 ──いや、でも、会ってみて思ってたのと違ったら、交代も有りだよな。本当は断わりたかったけど、とりあえず、仕事は、真面目にやるか…… もう、後戻りは出来ない! 役員専用車の運転手さんが、迎えに来てくれた。 会社に着くと……車の外で、 『おはようございます』と可愛い女性の声がした。 「専務さんご到着です」と運転手さんが言うと、後部座席のドアが開いた。 ──!! この子が五十嵐寧音さんか…… 実物の方が断然可愛いな、しかも思っていたより小柄なんだな、ちっこくて可愛い〜 しかし、俺を見てキョトンとした顔をしている。きっと若いから俺じゃないと思ったのだろう、一瞬目が泳いだ。秘書かと思って、専務を探しているのか? 『おはようございます』と言うので、 「おはようございます。櫻木です」と言うと、飲み込みが早いのか、すぐさま自分が秘書の五十嵐だと名乗った。 なるほど〜伯父さんの言うように、頭もキレそうだ。しかし、男癖がどうか? までは、まだ分からない! 少しテストしてみるか…… 「下の名前は?」
──翌朝 「寧音! 結婚しよう」 「は……」ピピピピッ ピコーン 〈寧音〜! 起きた〜?〉 「あ〜又だ! 久しぶりにあの夢を見た」 〈おはよう〜! 起きた〜〉と心菜に返信する。 〈おはよう〜良かった〉 〈今、又あの夢を見てたよ〉 〈お〜久しぶりに来たな〉 いつも顔は見えない。 いったい、私の相手は誰なんだろう? 顔が見えない声の主に、私はいつしか恋をしている。誰なんだろう? 夢だからか声がこもって聞こえる。耳触りの良い低い声…… 〈今日、ビュッフェでしょう? 良いなあ〉 〈あ、そうだった!〉 〈私の分までいっぱい食べて来てね〉 「ハハッ」 〈うん! そうする〜〉 〈専務によろしく〜じゃあね〉 〈うん、ありがとう〉 「あっ! 髪の毛爆発してる! もう〜シャワー浴びた方が早いな!」 シャワーを浴びて、急いで支度をする。 一旦出社してから又、役員専用車で専務と一緒にホテルへ向かう。 「おはようございます」 「おはよう〜、ん?」と言う専務。 「はい?」 「いや、良い香りがしたから……」 ──また、セクハラ? でも褒められたから良いか…… そして、 「今日はね〜ホテルビュッフェの勉強なんですよ」と、又わざわざ運転手さんに話している専務。 ──これ本当に必要? 誤解が生じないようにと専務の配慮なのだろうか? 運転手さんは、いつもニコニコしながら専務の話を聞いてくださっている。 専務が予約してくださったホテルビュッフェ。 1番最初に2人で、鉄板焼きを食べながら打ち合わせをしたホテルだ。 美味しそうなお料理がたくさん並んでいる。 「うわ〜最高〜!」 「好きな物を好きなだけ食べて良いぞ」とおっしゃる。 「はい! もちろん! ビュッフェですからね」と言うと、 「そうか……」とおっしゃる。 ──え? 今、マジで言ったの? 専務天然? 「専務、ビュッフェなんて行かれるんですか?」と聞くと、 「あ〜旅行に行った時の朝食ぐらいかな……久しぶりだな」とおっしゃった。 やはり、役員になると、きちんとしたお店へ行くことが多く、周りの人達が全て用意してしまうようだ。 「自分の好きな物を好きなだけ食べられるなんて、
────月曜日 まさか、この会社に入って秘書になり、食堂の話にこんなにも関わるなんて思いもしなかった。 専務が出社された。 専務室に入られると…… 「おはよう〜」 「おはようございます」と挨拶すると、 「五十嵐さん!」 「はい」 「土曜日は、本当にすまなかった」 と言った。 「いえ、もう大丈夫ですので……」と言うと、 両手を合わせて謝っている。 ──ふふ、可愛い とつい思ってしまった。 いつものように今日のスケジュールを専務にお知らせする。 すると、早速、プロジェクトの話だ。 「次の会議、明日だよな」 「はい!」 「涼、本当に日本で店を出す為に帰って来たようだ」と言った。 「そうなんですね」と私は、楽しみで仕方がないが、 なら、とてもお忙しいのではないだろうか…… 「だから、アイツが忙しくなる前に、こっちの話を進めないと……」とおっしゃる。 「そうですね。本当に有り難いお話です」 「アイツが新店舗の発表をしたら、先にウチの土曜日食堂が大盛況になるかもな」とおっしゃる。 「なら、1日何食って決めないと、スタッフの方々は大変ですね」 自分のお昼ビュッフェのことばかり楽しみに考えていたが、土曜日食堂は大変なことになりそうだ。 ────火曜日 プロジェクト会議の為に、魚崎涼さんが初めて来社された。 専務との挨拶は、相変わらず最初は、英語そして日本語へ ──コレ毎回どうにかならないの? そしてその後、見つめ合ったまま固まっている お2人が居た。 魚崎さんと林さんだ…… 「ん⁇」 「林さん? どうかされましたか?」と私が聞くと、 専務も、 「涼?」と魚崎さんを呼んでいる。 「あ、いえ……」 「あ、いや……」 「「⁇」」 専務と2人で首を傾げた。 ──お知り合い? 魚崎さんは、調理スタッフさんを2名連れて来てくださったので皆んなで食堂へと向かった。 今日は、食堂での実演試食会議なのだ。 食品部門の方々が用意してくださった、調理器具や食材を使って、料理してくださる。 私と食堂スタッフさんは、言われたことをしながら調理補助をする。 ──よし! エプロンの紐を縛って気合いを入れる。 『ど
「まだ2時か……」 私は、妙になんだか切ない気持ちになったので、 親友の心菜に、連絡をした。 いつも朝、起こしてくれる心菜。 昼間に連絡するのは久しぶりだ。 「もし〜どした?」 「心菜〜今から会えない?」と言うと、 「良いけど……寧音、今どこ?」と聞かれ、 仕事の付き合いで、ホテル東京グランデに居ると言うと、 「じゃあ、行こうかなあ」と言うので、 ラウンジカフェで待ってると伝えた。 1人でボーっと紅茶をいただく。 「ごめんね〜」と40分程で来てくれた。 「あ、こっちこそ急にごめんね」と言うと、 「ううん、。あっ、ホットコーヒーお願いします」とウェイトレスさんに注文すると、 「どした?」と聞かれた。 毎日心菜とは、朝の数分と たまに夜も話をする。 なので、専務のことも話している。 もちろん仕事のことは詳しくは話せないけど、 今日あったことを話した。 すると、心菜は、 「私、前から言ってるように、その専務って絶対寧音のことが好きだよね?」と言った。 「え〜? そうかなあ? あの人は、色んな人をたぶらかす人だよ?」と言うと、 「寧音、事実かどうかは、知らないんでしょう?」と言われると、 「うん、本人が言ってるだけ」 「なら、分からないじゃん! 本当は、すっごく純粋かもよ」と言う。 「それは、ないでしょう! さっきだって」と言うと、 「ん? 何かあったの?」と聞かれて、さっきの胸のことを話すと、 「ハハッ、専務めちゃくちゃピュアじゃない?」 と言う。 「え? 嘘?」 ハグの話もしたので、 「もしかして、本心かもよ。寧音と本当にハグしたかったんじゃない?」と言われると、 弱いお酒を呑んで、酔った勢いで本音が出たんじゃないかと…… 「え?」 もしかして…… 初めて専務が現場を見て周りたいと言った時、女性社員にキャッキャッ言われて…… 軽い男なら、もっとニコニコ愛想を振り撒くかもしれないが、専務は、チヤホヤされる度に、 「次へ次へ」と、女性社員には見向きもせずに、 避けていた。 それに、 「寧音ちゃんも、『専務イケメンよね〜? お嫁さんにして〜!』とか言うタイプ?」と聞かれたことがある。 そっか、実は、ピュアでチヤホヤされるのが苦手だから、女性達を避けてるの? ならどうして、わざ
土曜日営業のスタッフ募集について、 「五十嵐さんも調理師にチャレンジする?」と専務に聞かれたが、 「私は、このままで十分でございますので」とお断りした。 そして、魚崎さんをお見送りして、ココで別れた。 あとは、次の会議の日に会う。 「では、私たちもそろそろ」と言うと、 「うん、そうだな」と言いながら、なかなか椅子から立ち上がろうとしない専務。 「どうかされましたか?」と言うと、 「涼だけズルい!」とおっしゃる。 「!? 何がですか?」と聞くと、 「涼だけ、五十嵐さんとハグした!」と…… 「!!……」 ──何言ってんだ? この人は…… 「専務、ビール1杯で酔われたのですか?」と聞くと、 「酔ってないよ! 俺も五十嵐さんとハグしたかった」と…… ──酔ってるな! 私が上手く躱したから拗ねているのか? そもそも、なぜ私が専務とハグしなきゃならないのよ? 「しよう! ハグ」と言った。 「……専務!」 「ん?」 「セクハラです!」と言うと、 「え──────!」と困った顔をしながら言っている。 ──当たり前でしょう? 「不同意のものは、全てセクハラです! なんなら強制わいせつになりますよ!」と言うと、 「だったら、同意が有れば良い?」と言う。 「……」 「寧音ちゃん! 俺と付き合って」と言った。 そして、急に椅子から立ち上がり、私に近づき…… 「ね? 付き合おうよ」と言った。 私は、ニッコリ笑って…… 近づいて来る専務の顔を右手で受け止めた! 「ウグッ」 専務の顔は、私の右手の中で、潰れている。 「はいはい! もう、帰りますよ」とドアを開けると、スタッフさんがいらっしゃったので、お礼を言って、専務を引っ張ってエレベーターに乗せた。 すぐに、運転手さんに連絡して、今から下へ降りる旨を伝えた。 「なんで〜?」と酔ってエレベーターの壁に寄りかかりながら言っている。 「酒癖悪っ! しかも、弱っ!」と言うと、 「え? 寧音ちゃん酔わないの〜?」と聞かれた。 「はい! 中ジョッキ1杯じゃ酔いません」と言うと、 「酒豪だな」と言った。 ──だれが酒豪よ! 貴方が弱すぎるのよ! ピーンとエレベーターが1階に着いた。 「はい、行きますよ」と腕を持って引っ張りながら歩く。 「寧々ちゃん! 当たってる」と笑
朝10時半、私の最寄り駅で待つよう専務から言われた。 この前、タクシーで送ってもらった場所だ。 役員専用車が来た。 「おはようございます」 「おはよう」 運転手さんにもご挨拶する。 「おはようございます。お休みのところ申し訳ありません」と言うと、 「いえ、本日はお仕事だとお伺いしておりますので」とおっしゃる。 ──ん? まあ、そうだけど…… と専務の方を見ると、 「うん」と頷いておられる。 「さ、乗って」 と、私にも後部座席に乗るよう言われる。 「失礼します」 「じゃあ、お願いします」と、すでに運転手さんには、場所をお伝えされているようだ。 「お願いします」 ──どこへ行くのだろう…… 前回とは違うが、また高級ホテルに到着した。 「ありがとうございます。では、連絡するまで休憩していてください。あっ、ゆっくりお食事でもされていてください」と運転手さんにチップを渡す専務。 ──日本では、チップという習慣ではなく、心付けだな 私も、 「ありがとうございました」と言って車を降りた。 私が渡すのは、失礼かなと思ったのでやめた。 そして、専務に続いてフロントへ 今日は、魚崎さんにとって、久しぶりの日本と言うこともあり、和食レストランの個室でお食事をするようだ。 ──うわぁ〜こんな高級店、自分では勿体なくて入れない。楽しみ〜 スタッフさんに、部屋へと案内される。 まだ、魚崎さんは、来られていないようだ。 ──えっ? 3人なのに、この広さ? と思うほど、広かった。 そして、ついに…… 「コンコンコン、失礼致します。お連れ様がいらっしゃいました」と女性スタッフさんの声がした。 それに続いて、入って来られたのが、 魚崎 涼さんだ! 「Hay! Shuto,how are you?」 「I was fine,Ryo! How I've missed you!」 「I missed you too」 ──また、英語だ…… と、思っていると、突然私の方を見た魚崎涼さん。 ──!! 思わず…… 「Nice to meet you. My name is Nene Igarashi……」と言うと、 「ネネさん! はじめまして、魚崎涼と申します」と言われた。 ──日本語かい! す〜ん…… 「あ、はじめ